「妹さんは、なぜここを売ろうと思ったのですか?管理の面でわずらわしかたからですか?」「いえいえ、わずらわしいことは何もなかったですよ。むしろ賃貸で持っている方が良かった。年金代わりに毎月東京から10万近いお金が入ってくると言っていましたから。住み心地がいいのか、この部屋は賃貸人さんも一度入るとなかなか動かない」「私が見る限り、中は相当傷んでいましたが、あの状態で貸していたのですか」「そうです。住めば都というけれど、このマンションは眺めがいいから、なんや、借りた方も幸せな気分になるのでしょうなあ」そうなのですかと、私は少しうれしくなった。
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「翁」はまるで売主であるかのように明星ハイツにいたく好意的だ。「管理の全ては、夫婦でやっている近所の不動産屋さんがようして下さって、地代やなんかもちゃんと代行して請求してくれましたし」今どきそんな奇特な人がいるのだと思い、ハッとした。それは私にここを案内してくれたあの夫婦に違いないと思ったからだ。「翁」に言わせると、明星ハイツが自主管理ながらもいつもきれいに保たれているのは、誠実な業者の賜物だそうだ。彼らが世話したお客さんも明星ハイツには何世帯か入居していて、義理堅い夫婦はずっとこの建物を管理してきた。一方、売主のおばあちゃんは、かつて「翁」の事務所でパート勤めをしていた。ところが退職後、「翁」の事務所の隣が空き地となったことから、そこを購入。現在は子ども達と同居する2世代住宅を建てているのだという。もちろん、仲介したのは「翁」。ここでも人間関係のつながりの延長線上に不動産売買が生まれている。「明星ハイツは最初、1600万で出して何とか売り切りたかったのですわ。そのお金をおばあちゃんの新築費用に充てるためにね。ところが、この不景気で何回も申し込みが入ったのですが、ことごとく銀行ローンが通らず、ひっくり返った。吉祥寺が好きでどうしても欲しいと、いったい何人の方に直接電話もらったかわかりませんわ」黙って話を聞いていたNさんが、合いの手を入れた。「○○さんはすごく運が良かったのですよ。たくさんの人が住んでみたいと思う物件は、たとえ古くても、設備が旧式でも、何かしら惹き付ける魅力がある。それを500万で落としたのだから」